TOP > NEW > 小説 > 「ネットの異世界ファンタジーなんてくだらない(笑)」と決めつけているあなたへ、ぼくに五分間だけ説明の時間をいただけませんか?
小説

「ネットの異世界ファンタジーなんてくだらない(笑)」と決めつけているあなたへ、ぼくに五分間だけ説明の時間をいただけませんか?

海燕
偏愛・脳汁を語るサイト「ヲトナ基地」では、多数の「愛しすぎておかしくなるほどの記事」をご紹介してまいります。 ヲトナ基地で今回紹介する記事は「「ネットの異世界ファンタジーなんてくだらない(笑)」と決めつけているあなたへ、ぼくに五分間だけ説明の時間をいただけませんか?」。海燕さんが書かれたこの記事では、異世界小説への偏愛を語っていただきました!

はい、ここを読まれているということは、この記事に少しの時間を割いてくれるということでしょうか。ありがとうございます。

まあ、もちろん、ほんとうに五分間で読み終わるか十分かかるかは読む人しだいであるわけですが、とにかく可能なかぎり簡潔にネット小説の面白さを説明させてもらいましょう。

それでは、さっそく行きましょうか。インターネットにあふれる幾百万ともしれない物語の入口へ。

まずは異世界小説の基本のキ

そもそも、ネット発の異世界ファンタジー小説とはッ! インターネット上の小説投稿サイトを舞台に流行している、どことも知れぬ「異世界」を舞台にした作品たちのことであるッッッ! とくに大手サイト「小説家になろう」が中心の時代が長く続いたことから「なろう小説」などと呼ばれることも多いようです。

いや、厳密には「なろう」以外から出た異世界小説もあるし、「なろう」には現代ものや歴史ものの小説も多く投稿されているから「異世界小説=なろう小説」というわけではありませんが、ここではざっくり「なろう」や「カクヨム」などに投稿されている異世界ものの作品を異世界小説と呼ぶ、と理解していただければそれで良いと思います。

なぜ、「なろう」あたりで異世界小説が流行ったのかといえば、そこにはその前から続く長い歴史が関わっているのだけれど、まあ、とにかくネットの小説といえば猫も杓子も異世界小説という印象があります。

一時期「なろう」でランキング首位だった『魔法科高校の劣等生』とか、例外はいくらでもあるにしても、それはあくまで例外的な存在であり、「なろう小説≒異世界小説」といい切ってしまっても良いのではないでしょうか。

そのくらいネットには異世界小説が多い。「なろう」だけでも、じつに百万作(!)を超える作品が投稿されているわけなのですが、その大半が異世界ものです。

で、非常にややこしいのは、この「異世界」という概念をトールキンのミドルアースやル・グィンのアースシーのような古典的な「異世界」と混同してしまうと、ネット版の異世界小説の魅力が見えてこないこと。

いや、どこまでも源流を求めてさかのぼっていけば、やはり『指輪物語』や『ゲド戦記』に行き着くことはたしかではあるでしょう。しかし、現在の異世界小説はそういった偉大な先例とはまったく異なっています。

いずれが上でいずれが下というふうにいい切れるものでもないにしろ、両者は長い時間にへだてられたまったくの別もの、と認識しておく方がわかりやすいのではないかと思います。

で、ネットの異世界ファンタジーの特徴は、きわめてビデオゲーム的であること、それに尽きると思います。

具体的には『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』あたりからの影響がきわめて大きい。というか、ほとんど『ドラクエ』の世界設定をそのままにコピペしたような作品すら少なくない。

ただ、『ドラクエ』には出て来ないタイプのキャラクターやモンスターが出てくることが多いこともたしかなので、『ロードス島戦記』などのライトノベルや、その大元である『ソード・ワールドRPG』などのいわゆるテーブルトークRPGの影響も少なくないのでしょう。

とにかく過去のさまざまなファンタジー的想像力をせっそうなく闇鍋的に混ぜ合わせたハイブリッド・ファンタジー・ワールドというのが実際の姿に近いかと考えられます。

で、その雑然とした「異世界」で繰りひろげられるのは、いってしまえばきわめて願望充足的なストーリー。従順な女の子ばかりを集めた「奴隷ハーレム」だとか、ヒロインがとにかく熱く美形男性に愛される「溺愛/執着もの」だったりします。

ここら辺がまさにこの手の異世界ファンタジーが一部で低く見られる理由でしょう。

ネット小説には「熱」がある

まあ、ここでぐだぐだとイイワケがましい文章を並べることはしません。たしかに、ネット小説の世界は「たくさんの可愛い女の子に囲まれて充実した生活を送りたい!」とか「目がハートになったイケメンにひたすら執着されたい!」といった露骨な欲望にあふれていて、とても品があるとはいいがたい。

とくべつアダルトに分類される作品でないとしても、性的な描写をふくんでいることも少なくありません。しかし、同時にまさにその「倫理をも常識をも超越した混沌とした熱情」こそが、ネット小説の魅力なのです。だからこそ、ネット小説は商業化されても非常に人気を博している。

一方で、現在のいわゆる一般文芸に目を向けてみましょう。たしかにそれは、きわめてプロフェッショナルに進歩している。レベルが高いところにまで来ている。ですが、その一方でどこか「閉塞」を感じさせ、「完成という名の停滞」に近づいている印象を受けるように思うのです。

もちろん、そのなかには抜きん出た傑作もあればほんとうに優れた名作もあり、一概に語れるものではありません。商業的な成果だけが小説の価値ではないこともたしかでしょう。

それはほんとうにそうなのだけれど、少なくとも急速にこの種の文芸作品が読まれなくなっていることは客観的な事実であり、その一因として一般文芸作品がどこか「野蛮な」エネルギーを欠いているところに見ることもできるかと考えるわけです。

下品といわれようと、こんなものはとさげすまれようと、あるいははっきりと否定的にののしられようと、読まれ、愛される野蛮人のパワー。それはもしかしたら表現が高度になり、完成に近づくほど失われていくなにかであるのかもしれないとも思います。

で、ネット小説なのですが、まさにそういった意味で臆面もなく欲望を満たすジャンルです。平均的に見たとき、ここにはあきらかにテーマの洗練はありません。表現力も稚拙な場合がほとんどでしょう。

それにもかかわらず読まれつづけているのは、ネット小説の作家たちが「読者」とダイレクトに向き合ってきたからに違いありません。ここでは、たとえどんなに下品だといわれようと書きたいものを書き、読みたい人が読む。そういう関係が成立しているように見えます。

それは、「物語」にとって最も原初的で本質的な関係なのではないでしょうか? ぼくたちの多くは高尚な文学作品に夢中になって「もっと読みたい!」と叫んだりしない一方で、面白い物語に対しては「次回はまだか!」と望まずにはいられない。

それは「ただ面白いだけ」の物語のひとつの存在価値だといえるでしょう。

その意味で「物語の魅力とはなにか? ひとはなぜ物語を求めるのか?」と問うとき、ネット小説はとても参考になるものといえます。たしかにそこに品格はない。深遠な描写があるわけではない。

転生だの、チートだの、もふもふだの、スローライフだの、悪役令嬢だの、決まりきったことを繰り返しているだけに見えるのもたしか。ただ、そこにはたしかに「野蛮さ」があり、ある種の「開拓精神」がある。

それはいまや素晴らしいクオリティを誇るに至った現代文芸が「洗練」の代償として失くしてしまった「面白さ」の本質そのものだといっても過言ではないのではないかと。「書きたいものを書き」、「読みたいものを読む」、そこにこそ物語の力は宿るわけです。

もっとも、その狂気のような熱情も時が経つにつれてしだいに冷めていっていることもたしかではある。ひとつのターニング・ポイントは作品の商業化が増えたタイミングだったでしょう。

その結果、ネット小説は極端に「ウケる」もの、「売れる」ものをめざす人が増えるようになってしまった。

昔は「ただ書きたいから」というだけの理由で異世界転生やらなにやらを書いていた人たちも、それがランキングを駆け上がって商業化するのに有効だからというだけの理由で書くようになっている。そのことはネット小説からプリミティヴなエネルギーを奪いつつあると感じています。

おそらく、これもまたひとつの「洗練」の形なのだといって良いのでしょう。べつだん熱力学の法則を持ち出すまでもなく、エネルギーは必ず拡散し、熱はいつか冷める。そして表現は「洗練」され、「完成」され、なぜか退屈なものになっていく。そういうものなのだと思います。

しかし、いまはまだ、ネット小説にはその熱がある。だからこそ、それは読む価値がある。それがぼくがネットの異世界ファンタジー小説に魅力を感じる最大の理由です。何より理屈を超えてとにかく面白いこと! それが物語にとっていちばん大切なことなのではないでしょうか。

ここまで、五分で読めたでしょうか。もっとかかったかもしれませんが、とにかくこれがぼくの説明です。いかがでしたでしょう。納得いきましたか。

とりあえず小説でもマンガでもアニメでも、この種のファンタジーにふれてみてください。願望充足にしてご都合主義、でも、いや、「だからこそ」力感に満ちた物語がそこにあると思います。そう――いまは、まだ。

おすすめの傑作異世界ファンタジー小説

ひと通り説明を終えたので、おまけとしてオススメネット小説をいくつか並べておきたいと思います。

といっても、アニメ化して大人気の『転スラ』だの『無職転生』だのをいまさら推してもしかたがないわけで、いま、ぼくが個人的にハマっているお話のことを語りましょう。

まずは『異世界車中泊物語 アウトランダーPHEV』。ぼくはこの作品が好きでねえ。まずはマンガで入ったのですが、続きの展開を待ち切れなくなり、小説でも読んでいます。

この作品の特色は主人公の情けなさでしょう。物語の冒頭、まったく仕事ができず、性格も怠惰で、そのために周囲からの評価も低いかれはしだいにふてくされるようになり、破滅的なところへ落ちていくその瀬戸際にいます。まさにそのタイミングで異世界に迷い込むわけなのですが、そこからかれの成長が始まるのです。

といっても、べつだん、超絶的なチートを身につけて一発逆転するとかそういったことではない。ただ、異世界へ行ったことをキッカケに、かれは少しずつ、ほんとうに少しずつ変わっていく。その地味ではあるものの印象的な自己形成が何とも読ませます。

人並みの意志の強さがない「ダメな人間」は変われるのか。そもそもひとは変わることができる生きものなのか。そういうテーマの物語であり、ある意味でネット小説らしくないといえるかもしれませんが、ぼくは大好きですし、とても注目しています。

やっぱりひとが変わっていく物語って良いなと思うし、ひとは変われると信じるからこそ物語を読むのですから。

で、もうひとつ、いま、「小説家になろう」を席巻している「女性向け」作品から、『どうも、好きな人に惚れ薬を依頼された魔女です』を挙げておきましょう。

作者はいま、恋愛ファンタジーの秀作をいくつも出している六つ花えいこさんなのですが、そのなかでもぼくはこの作品がいちばん好きです。なんといっても、ヒロインが可愛い! 可憐! で、シチュエーションが素晴らしい!

小説の登場人物に幸せになってもらいたいというまっとうなココロなどほとんど消え失せてしまったいまのぼくではあるものの、このヒロインにはほんとうに幸せになってほしいと思わずにはいられませんでした。

何しろ、あまりにも生活がつましい。そして、望みが低い。いや、もっと貪欲になっても良いんだよ?と思ってしまうくらい。

その彼女が騎士に愛されて少しずつ少しずつ幸せになっていくプロセスはほんとうにたまらない幸福感と充実感があります。めっちゃオススメ。面白いよ!

さて、そういうわけで色々と書いてきましたが、いいたいことはひとつです。「とにかく読んでみて、それから判断しよう」、これだけ。

偏見や先入観であたらしいものをジャッジすることは考えものです。まずはその未踏の地に足を踏み入れ、それから考える。そういうことが大切。

この何百万という「異世界」は、いまもさまざまな冒険やら恋愛を用意して、あなたの訪れを待っているのですから。

関連するキーワード

\ よかったらこの記事をシェアしよう! /

RECOMMEND

[ おすすめ記事 ]

終末SF小説の魅力とおすすめ作品:ベストセラーから定番の名作まで偏愛者が完全ガイド

冬木糸一