漫画『ゴールデンカムイ』の杉元とアシリパの関係が好きすぎて1万キロの旅をする
目次
2019年、秋風が吹き始めたころ。
わたしは「地の果て」と呼ばれた網走監獄の前に立っていた。
神奈川県出身、ドイツ在住。そんなわたしが一時帰国中、なぜわざわざ北海道、しかもかなり端っこにある博物館網走監獄まで足を運んだのか。
それは、漫画『ゴールデンカムイ』にはまっていたからですよ! まさか人生初の聖地巡礼が監獄になるとはね!
甲状腺の病気になり、人生で初めて手術することになったときのこと。暇つぶしに手に取った漫画『ゴールデンカムイ』にドハマりし、時間を忘れて読みふけった。そして一時帰国した際、迷わず北海道に向かったのだ。
杉元とアシリパのコンビが好きすぎる……ッ!!
というわけで今回は、時系列順に「杉元とアシリパの関係性」について語っていきたい。
※アシリパの「リ」は正式にはアイヌ語仮名の小書きだが、本記事では「アシリパ」と表記する。
漫画『ゴールデンカムイ』が成し遂げた偉業の数々
『週刊ヤングジャンプ』で連載された漫画、『ゴールデンカムイ』。2022年4月に完結し、全31巻のコミックスの累計発行部数は2024年8月時点で2900万部を突破した。
莫大な金塊をめぐる争奪戦を描いた作品で、バトルはもちろん、アイヌとの交流、北の大地のグルメ、日露戦争や新撰組といった歴史ロマン、謎解きなどさまざまな要素がちりばめられ、ギャグからシリアスまでとにかく盛りだくさんの物語だ。
「このマンガがすごい!2016オトコ編 第2位」「マンガ大賞2016」「第22回手塚治虫文化賞 マンガ大賞」など、数々の賞を受賞している。
2018年にアニメ化され第四期まで放送、2024年1月に実写映画化された。2024年10月6日からは、WOWOWで全9話の連続ドラマ『ゴールデンカムイ-北海道刺青囚人争奪編-』も放送予定だ。
エンタメ作品としてはもちろん、アイヌをはじめとした少数民族への徹底した取材が高く評価され、なんと国立アイヌ民族博物館で特別展示までされている。
完結したいまでもなお根強い人気を誇る、とにかくすごい漫画なのである!
キャラクターの変態率と男性の肌色率がちょっと高いだけで、すごい漫画なんだよ! ホントだよ!
時系列順!杉元とアシリパの関係性を追っていく
ゴールデンカムイの登場人物はみんな濃くて魅力的だけど、語るならやっぱり主人公である杉元とアシリパだよなァ!?
変態ばっかりで見逃しがちだけど、この2人の関係性って、すごく丁寧に描かれているんですよ。そこを改めて振り返って、盛り上がりたい!
今回は原作未読の方のため、キャラの生死や謎解きの答え、結末については極力言及を控えている。しかし「時系列ごと」という記事のコンセプト上、大まかな展開については触れているので、ネタバレにはご注意を。
戦争帰りの軍人とアイヌの少女が「相棒」に
日露戦争帰りの杉元は、目を患った幼馴染の手術費を稼ぐため、北海道で砂金を集めていた。そんなとき耳にしたのが、アイヌが集めた金塊の噂。
網走監獄から脱獄した死刑囚たちには入れ墨が彫ってあり、その暗号を解読すれば、莫大な埋蔵金の在処がわかるらしい。
さっそく脱獄囚探しを始めた杉元が出会ったのは、アシリパというアイヌの少女。彼女の父は5年前、金塊をめぐる争いで死んだと言う。そこで杉元はアシリパに、「相棒関係」になることを提案する。
相棒になった2人は、広大な北の大地を旅し、ともに狩りをして食事を楽しむ。アシリパはいつも、笑顔で「ヒンナヒンナ(食べ物に感謝する言葉)」と言い、杉元もまた、アイヌの文化に触れていく。
そんななか、軍隊である第七師団まで金塊を狙っていると知り、杉元はアシリパを巻き込まないために何も告げずに姿を消す。……が、あっさり第七師団に捕まってしまう。
置いて行かれたアシリパは、杉元を第七師団から奪還。かっこいいぜ、アシリパさん。
「金塊を探すのは危険だ」と言う杉元に対し、アシリパは「危険は覚悟のうちだ」「自分で判断したから協力すると決めたんだ」と毅然と言い返す。
そうだそうだ、捕まったのお前だろ! 言っちゃえアシリパさん!
杉元は優しいから、アシリパを血みどろの争いに巻き込みたくない。しかしアシリパは、自分の生き方は自分で決めるから、杉元に守られたくはない。
この2人の考え方、生き方こそが、『ゴールデンカムイ』の軸なのだ。
心が戦場にいる杉元…アシリパとの旅で癒されていく
あるとき、山の中で急に天気が崩れ、緊急避難していたときのこと。
金塊争奪戦で命を落とした脱獄囚のことを思うアシリパに、杉元は「悪人は痛みを感じないから同情しなくていい」と言う。それに対し、「子供だと思ってバカにしてるのか?」とむっとするアシリパ。
しかし杉元は、日露戦争でロシア人を殺すときにそう思い込むようにしていた、と話す。そうやって別の人間にならないと、生き残れなかったから……。
杉元の心はいまだに、銃声が鳴り響き多数の死体が積み重なる、戦場にいるのだ。
過去を話した杉元に、アシリパは「(杉元が戦争に行く前よく食べていた)干し柿を食べたら、戦争へ行く前の杉元に戻れるのかな」とつぶやく。
「戦争だからしかたない」と慰めるのではなく、「好きなものを食べて戦争前の杉元に戻ってほしい」と願うのが、アシリパらしい。2人が北海道でいろんな動物を狩って、一緒に食べてきたからこその言葉だ。
普段はあまり自分の話をしない杉元が珍しく弱さを見せ、アシリパが杉元を救おうとする、個人的に大好きなシーンである。
いつまで「相棒」?伝わらない気持ち
あるとき一行は、競馬場に行くことに。そこで賭け事が大好きな白石は、占い師の力を借りて金儲けをもくろむ。
アシリパと占い師が2人きりになったとき、占い師に「大金を手にしてしまったら、(杉元さんは)アシリパちゃんに協力するでしょうかね?」と言われ、アシリパは何も言えずにうつむく。
一方杉元は、「(金塊探しに)命なんかかけなくても稼ぐ方法が目の前にあるじゃねえかッ」と叫ぶ白石に対し、「必要な額のカネが手に入ったから『いち抜けた』なんてそんなこと‥‥‥、俺があの子にいうとでも思ってんのかッ」とブチギレ。
杉元、アシリパにそれを言ってやれよ~!! その一言でどれだけ安心すると思ってるんだよ~!!
アシリパは杉元を「相棒」として対等に見ているからこそ、相棒である理由(金塊)がなくなれば、そこで終わりなんじゃないかと思っている。
でも杉元にとってアシリパは「相棒」だから、ちゃんと最後まで見届けるのが当たり前、そんなこと言う必要はないと思っている。
お互いの生き方がモロに出ているすれ違いが切なくて、「杉元ォ……。アシリパさァん……。幸せになってェ……」と願わずにはいられない。
ちなみに別のシーンでも、杉元は「俺はあの子が真実にたどり着くのを見届けてあげたい」と言っている。「見届けたい」んじゃなくて、「見届けてあげたい」って言い方をするのが、杉元という男なんですよ。
「人を殺す」という一線がふたりを分かつ
金塊争奪戦中盤。金塊をめぐり人が人を殺し合い、さらなる争いを呼ぶーー。
杉元はすべての元凶である人間が、アシリパをアイヌを導く存在として担ぎ上げようとしていることを知る。アシリパはアイヌのために戦うべきだ、と。
杉元はそいつの胸ぐらを掴んで、「あの子を俺たちみたいな人殺しにしようってのか!!」と激昂。「アシリパさんには…山で鹿を獲って脳みそを食べてチタタプして、ヒンナヒンナしていて欲しいんだよ俺はッ!!」と吠える。
そう、杉元は最初から一貫して、ずっとずっとアシリパの平穏な幸せを願っているのだ。しかしこの争いに身を置く以上、それは難しい。
アシリパ自身、殺人を忌避するアイヌの考えを持っている。自分はだれも殺さないし、殺さずに済む相手は極力見逃す。そうやって旅をしてきた。
しかし人々は、金塊をめぐって殺し合う。それを目の当たりにして、アシリパには迷いが生じる。大切なものを守るためには戦わなくてはいけないのか。たとえ人を殺しても……。
人を殺していないアシリパなら、まだ引き返せる。だから杉元はアシリパに、「俺はアシリパさんにこの金塊争奪戦から下りてほしい」と伝える。
そう、ここでもまた杉元は、「金塊争奪戦から下りろ」ではなく、あくまで「下りてほしい」と言うのだ。アシリパと一緒にいたほうが金塊を探しやすいのに、そういう打算的なことは一切考えてないんだろうなぁ。
このシーンが描かれた206話のタイトルが「ふたりの距離」っていうのがもう……泣いちゃう……。
このまま一緒に…迫る「相棒」の期限
迷い続けていたアシリパだが、敵である第七師団に捕らわれるという大ピンチのなか、彼女らしい答えを出す。
力強いアシリパの宣言に対し、杉元も笑顔で、「よしッ!! 俺たちだけで金塊を見つけよう!!」と答えて逃走。
そうだよ、2人には笑顔で狩りしてヒンナヒンナ言いながらおいしいご飯を食べててほしいよ~!
そして金塊争奪戦も、いよいよ終盤へ。金塊の在処を示すヒントを思い出したアシリパは、明確に「旅の終わり」を意識しはじめる。
「いっそのこと金塊は見つからないで、このまま一緒に…」と、アシリパのなかには杉元との未来を望む思いが芽生える。
杉元は「埋蔵金が見つかっても、アシリパさんがこの事件に納得が出来るまで、相棒のままでいる」と伝えるも、アシリパは切なそうに、心の中で「本当に聞きたかった答えはそれじゃないんだけどな…」とつぶやく。
アシリパは相棒関係の期限を延ばしてほしいんじゃないんだ。相棒じゃなくなってもそばにいてほしいんだよ!
杉元は、すべてが終わったら金塊争奪戦のことなんて忘れてアシリパさんには平穏な生活を……とか考えてそうだけど、そうじゃないんだって!
最終巻でようやく本当の相棒に!2人が出した答えとは
杉元とずっと一緒にいたいアシリパ。アシリパには平穏に生きてほしい杉元。それぞれ別の思いを抱えながら迎えた最終決戦。
ついにアシリパは、杉元を助けるため、明確な殺意をもって敵に毒矢を放つ。「私は杉元佐一と一緒に地獄へ落ちる覚悟だ」と、迷いのない瞳で。
清いままのアシリパでいることを願っていた杉元は、その覚悟を目の当たりにして、少し切なそうに、それでいて嬉しそうに目を細める。
そして「俺は結局のところ、心の底から相棒扱いしてこれなかったんだ。彼女が俺と一緒に、地獄へ落ちてくれるつもりでいるとわかるまで…」という、杉元のモノローグが続く。
「地獄に落ちるつもり」じゃなくて、「落ちてくれるつもり」という言い回しをするのが、ザ・杉元なんですよ……。いつも人のことばっかりでさぁ……。
いよいよ金塊の在処にたどり着いた一行。しかし関わった人たちが次々と命を落とす状況で、追い詰められたアシリパはふり絞るように、「金塊をあきらめてほしい」と杉元に懇願する。だれかが金塊を手に入れたら、また新たな争いが起こってしまうから。
この一言を言うのに、いったいどれだけの勇気が必要だったんだろう。許されないワガママだとわかっていても、アシリパは、杉元に生きていてほしかったのだ。
これまで金塊を求めて命がけの旅をしてきた杉元の答えは……!?
最後まで語りたいところだけど、ラストはやっぱり実際に漫画を読んでもらいたい。未読の方はもちろん、すでに読んだ人も、ぜひもう一度最終話を……!
杉元とアシリパの2人だからこそ生まれた物語
最後にちょっとだけ、2人の呼び方が最高すぎるという話も書いておきたい。
杉元は敬意を込めて「アシリパさん」と呼び、アシリパは対等な存在として「杉元」と呼ぶ。アシリパちゃん、杉元さんじゃ絶対に成立しない関係性が、ここにはあるのだ。
この2人の関係性は安易な恋愛感情に根ざしているのではなく、2人の生き方がそのまま反映されている。
もし杉元が、他人より自分を優先させる人間だったら。もしアシリパが、守られることを望み真実から目を背ける人間だったら。そんな2人であれば、こうはならなかった。
杉元とアシリパだからこそ相棒になり、そして『ゴールデンカムイ』の物語が生まれたのだ。いやもう、激熱すぎる。
あー、ここまで書いたらまた読みたくなっちゃったな! というわけでもう一度最初から読み直すわ! みんなも『ゴールデンカムイ』読もうぜ!
あ、いろんな変態が出てくるから覚悟しとけよ!
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雨宮紫苑
ドイツ在住フリーライター。Yahoo!ニュースや東洋経済オンライン、現代ビジネス、ハフィントンポストなどに寄稿。著書に『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)がある。
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