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私の周りの偏愛者 Vol.3 パンダを愛する女

山田ノジル
偏愛・脳汁を語るサイト「ヲトナ基地」では、多数の「愛しすぎておかしくなるほどの記事」をご紹介してまいります。 ヲトナ基地で今回紹介する記事は「私の周りの偏愛者Vol.3 パンダを愛する女 」。ライター山田ノジルさんが書かれたこの記事では、とある女性によるパンダへの偏愛を語っていただきました!

中国返還で「シャンロス」。パンダが心配で仕事中も涙が……。

会社の代表を務める一見クールな印象だった女性Kさんが、ある飲み会でこんなことを話し出した。

「パンダが好きすぎて、毎週動物園に通って撮影してるんですよ」

「そこまで!?」と、正直驚いた。それと同時に、偏愛を打ち明けてもらえるのはとても嬉しい。それまで知らなかった人柄にも触れ、距離が近くなった気持ちになれるから。

これまで出会った友人知人の偏愛についてをゆる〜く記録するこのシリーズ、そんなわけで今回はパンダである。

竹をつかんで食べる姿が愛らしい

パンダは動物園のアイドルなので、そりゃーかわいいよなあ。最初はそんな浅い感想を抱いていたが、詳しく聞くにつれ、やはり外野には受け止めきれないアツ過ぎる想いがほとばしっていた。

日本でパンダに会える動物園は、現在2箇所。上野動物園と、和歌山アドベンチャーワールドだ。……という話をすると、すかさずKさんから注意が入る。

「あくまで今は、です。長年”神戸のお嬢さま”と愛されてきた王子動物園のタンタンが3月31日にこの世を去った経緯があって、現在は2箇所になったんです」

偏愛者を前に愛のない雑な発言をしてしまい、反省である。

Kさんの最推しパンダは、シャンシャン(香香)だという。そう。2023年2月に中国へ返還※されたと報道されていた、あのパンダである。返還のニュースを耳にしたときは当然、Kさんのことが頭をよぎった。友人知人皆そう思うらしく、コミュニティの方々から「大丈夫?」と尋ねられたという。

※シャンシャンの両親は学術研究のために中国から仮受けているため、その間に生まれたシャンシャンの所有権も、協定に基づき中国にある。誕生時より、返還が決まっていた。

「そりゃもう、もちろん、ダメです(笑)。シャンロスが過ぎる。電車の中でも仕事中でも、ふいに涙が出てきてしまったり……。でも、中国のほうがパンダにとっていい環境なのは、ファンなら誰しも知っていることなので、”帰らないで!”という気持ちはないんですよ」

Kさんによると、シャンシャンはとても繊細な性格をしているそうだ。園内の工事や芝刈りの音で不安定になって、すぐ観覧中止になることもしばしばあったという。

公式グッズに貼られていたり、購入時に袋を閉じるときにテープ代わりに貼ってくれる誕生日記念のシールを、破れないように慎重に剥がしスマホにつけているKさん。「愛おしくて捨てられない」

「だからまず、長時間のフライトになる中国までの道中が心配で心配で心配で。次は無事に着いても、新しい環境になじめるのか? 向こうの飼育員さんが、シャンシャンの性格を理解してくれるのか? 心配は尽きません」

特に到着後はしばらくの間、日本に情報が入ってこなかったので(ストレスを与えないよう、カメラを向けないよう徹底されていたらしい)、そりゃ辛かろう。自分だったら? と「低年齢の子どもを、里子へ出す」を想像してみたが、あ、ダメだ泣いちゃう。しかも、シャンシャンは海外……。つっらぁ。

ジャニーズからパンダへ。夜の癒しタイムがきっかけとなった沼

Kさんがパンダ偏愛者であることを「意外だ」と思ったように、Kさんはもともと「いかにもかわいいもの」が好きなワケではなかった。ではどこで、パンダに出会ったのか?

Kさんとシャンシャンの出会いは、とあるくたびれ果てた夜だった。

「疲れている時って、何かに癒されたくなるじゃないですか。それまではテレビをつけて、ジャニーズとかイケメンがでる深夜番組を見たりしていたんだけど、その日に限ってなぜか、前年に生まれた子パンダが頭に浮かんだんですよね」

その子パンダが、2017年に生まれたシャンシャンである。上野動物園でのパンダ誕生は29年ぶりだったこともあり、生き物好き界隈はお祭りムードで盛り上がっていた。それゆえ、チケット予約も大混雑。いつも「ビジ―」状態で、思い立ってすぐ会いに行けるような状況ではなかった。しかし今どきは、ネットがある。手元のスマホで検索すると、出てくるわ出てくるわ。各種SNSに投稿される、シャンシャンファンによる写真。そして公式サイトのライブ配信が。

「それがもう、毎日シャンシャンのアツいドラマが展開されていて。ずっこける。飼育員に圧をかける。剪定師のように、樹木の葉を全部落としてしまう! ライブ配信で見えない部分は、観覧したファンたちが別アングルで撮影してアップしていたりと、とにかく楽しかった。ファンたちが書くシャンシャンのイラストや漫画まであって、飽きることがありませんでした」

さてそこから「現場」へ行くと、さらにすごかった。それからが、Kさんのパンダ偏愛の幕開けだった。

リアルパンダは、「後ろにチャックついてんの!?」という人間み

「初観覧は、2018年9月。予約なしにシャンシャンを観覧できるようになっていたことを知り、平日の仕事の合間に何十年ぶりかで上野動物園へ立ち寄りました。すると懐かしさと、目の前に広がる長蛇の列におののきましたねえ。でも、ライブ配信で見ていた光景が目の前に広がる感動が上回ります」

私もKさんも東京生まれ。多くの昭和の子どもにとって、上野動物園は定番の行楽地であった。私のパンダメモリーは長時間並んで一瞬見れたかどうかという残像しかないが(多分ランランだったか)、上野動物園そのものがノスタルジー。正門からすぐの場所にあるパンダ舎の話題に、「懐かし!」と盛り上がる。

「その日はシャンシャンの1歳の誕生日から3ヶ月経過していたけど、園は見渡す限り、シャンシャンの1歳のお祝いの旗やグッズがいっぱいで、特別な雰囲気にも圧倒されました」

そして何より驚いたのが、リアルで見た親パンダの、リーリーだった。

「背中にチャックがついてるヤツ!?」

そう思うくらい、人間味にあふれていたからだ。

「姿かたちは、どこからどう見ても熊。なのに、座って笹を食べる姿の、人間みがすごい。竹を手でつかみ、歯を使って上手に皮をむき、よく噛んで食べる姿も動物とは思えない風情でしたね。コレ、もしかして着ぐるみ着た人間なんじゃない……? 話せるんじゃない? 背中にチャックついてるんじゃない!?」

不思議カワイイなパンダの姿に、魂を奪われた瞬間である。

通って学んだ現場の掟は「黒い服での観覧がベター」。パンダ舎の室内で過ごす姿を撮影する場合ガラス越しとなるため、白い服だと反射しやすく写真に映り込みやすいからだ。※但し撮影することが前提であるファンコミュニティの暗黙の了解だという話であり、基本的には好きな服で訪れて全く問題はない。

「なんだこの、不思議な着ぐるみの世界……」

それをまた体験したいと2度3度訪れるうちに、中国返還までの間に、通算141回も動物園へ通うこととなった(エクセルで観覧の記録をつけているKさんのマメさにも圧倒される)。それでも仕事の都合で「週末組」となるため、ファンの中では少ない観覧数なのだとか。しかし、アツい語りと偏愛あふれる笑顔を見ていると、数で競う無意味さもよくわかる。

「シャンシャンは、生まれたときから時期が来たら中国に返さないといけないこともあり、1回1回がすごく貴重なんです」

動物園や水族館は生き物の赤ちゃんが生まれると「この姿は今だけ!」ということが強調されるし、なんならヒトの子育ても二度とない瞬間の連続であるが、確かにパンダは「中国へ帰ってしまう」のが、特に切ない。アイドルを追う人も、いつか引退する日が来るという、これと似た切なさを抱えているのだろうか。

 「シャンシャン1歳の誕生日には、プレゼントに飼育員が手作りしたハンモックが室内に設置されたんですよ。すると、ハンモックに人間のように座るんですよね。子どもの頃に、おもちゃのぬいぐるみをハンモックに座らせた感じの、あの光景そのもの! とにかく高いところへどこでも登る、寝る。あー、かわいい❤」

Kさんはシャンシャンに出会ったことで、生まれて初めて「ハートの絵文字」を使うようになった。

「SNSでパンダファンとやりとりするときに『今日も可愛いですね〜❤』とか。私がハートの絵文字を使う日が来るなんて!? 我ながら、驚きなんですけど。今までの人生でハートの絵文字、一度も使ったことありませんでしたよ。まあそれくらい、かわいいってことです。ちなみに私、犬を飼っているけど、当然かわいいけどコメントにハートをつけるほどではない」

飼い犬の立場ぁ……。乳児と同じような、本能に訴えかけてくる成分があるんだろうなきっと。わかるような、わからないような。

「竹筒に入っているおやつが振ると出てくるようになってるのだけど、シャンシャンは竹筒と一緒に頭を横に振るクセがあり、それがまた可愛い❤」

動物園へ行けない平日は、ライブ配信を見てシャンシャンへの想いを高める(2019年12月まで、公式特別サイトで朝9時半〜17時までのシャンシャンの様子が、ライブ配信されていた)。SNSに投稿されるファンたちのシャンシャン写真も、毎日眺める。

「ネットストーカーみたいだよね(笑)」と自虐めいたことを自称して笑うKさんだが、私には幼子を見つめる保護者のように見えてしまった。

「珍獣」である魅力が、さらなる沼へ

ハマる理由は、かわいさだけではない。パンタの生態がさらなる魅力だという。中国語でジャイアントパンダは「大熊猫」。見た目は文字通りのでかい熊であるが、見た目を裏切り動作は猫のように柔らかい。

「柔軟に動く短い足を自由自在に曲げて、色んなところを登ったり、降りたり。高所から頭から降りてくることもあって、バランス崩してくるりんぱ! ……と思ったら、そのままドスンとか(笑)。愛読しているパンダ本はそうした動きを「アクロバティック」と表現していましたが、本当にその通り。ちなみに子パンダは高いところに登るけれど降りるのが苦手で、よく落ちます。で、落ちた直後に平然として歩くんですよね」

シャンシャンをきっかけに、パンダを知れば知るほど不思議で仕方がないという。

お茶の席に「これを見せたかった!」と愛読のパンダ本も持参して、生態も解説してくれる、パンダ布教者である。

他の動物とエサを巡って戦わぬように草食になったのに、消化器官はあまり進化していないパンダ。メェ〜とヤギみたいに、もしくはワン!と吠える予想外な鳴き声。食べ物を握り、口まで運ぶための「第六の指」の存在、ほかにもたくさんの不思議が詰め込まれている。大ヒットの児童書『ざんねんな生き物事典』に、パンダの項目があるのも納得である。

「パンダは中国の保護研究施設を中心として、熱心に研究されているそうです。私のような無知の一般人が基本的な生態を知るだけで、うわーっ!と不思議な世界に引き込まれるのだから、研究者にとっては沼オブ沼なのかもしれませんね」

とある疲れた夜に出会った、パンダの不思議カワイイ世界。そして、偏愛。今ではパンダをとりまく環境問題にまで目がいくようになり、各種寄付も行っているのだとか。愛と学びと社会貢献。偏愛って、いいことしかないなあ。

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