日本の常識を破壊する!まったく落ち着かずリラックスもできないサイケデリック温泉「脳汁銭湯」がマジ狂っていた件。#ヲトナ基地キャンペーン
すべて肉。すべて肉の欲求。
ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』
昭和の文豪・開高健に「珠玉」と題された三部作があります。青い海の色をしたアクアマリン、赤い血のようなガーネット、月のかけらと見まがうムーンストーンという三粒の宝石を題材にした上質な連作短編小説。
ぼくはとくべつ開高文学の熱心な読者ではありませんが、この三つの「珠玉の短編」は凛々と冴えわたった描写が何とも魅力的で、くり返しくり返し味読しています。
で、その三作目にあたる「一滴の光」がなんと温泉小説なんですね。とある山奥の温泉を舞台に繰りひろげられる物語は際だって美しく、何十年かまえに一読して以来、風呂というとまずこの作品を思い浮かべるようになってしまいました。
作中、作家はその浴場について書いています。「豊かで、清潔で、熱すぎもせず、冷めたくもない。無傷で、老いて、柔らかいのにしかも不屈である。湧きたって、あふれて、また湧きたって、惜しむことがない」と。
いや、ほんと、理想的な温泉ってこういうものですよね。やっぱりお風呂は清潔で快適で、リラックスして入れるのがいちばん!
――と常識人のぼくはごく凡庸に思うのですが、世の中にはそういった規範をあっさり無視してのける特異な人もいるようで、先日、そういう人が作り出したと思しい、ふつうに考えられるお風呂の理想をことごとく破壊し尽くしたとんでもないところへ行ってきました。
サイバーでカラフル、マジカルでサイケデリック、入っていてもまったく落ち着かず、ゆったりリラックスして浸かりつづけることもできそうにない規格外の浴場――その名も「脳汁銭湯」。
以下は、すべての発端にまでさかのぼって記す、狂気と愉悦に満ち満ちた異常銭湯のレポートです!ご一読をお願いします(ぺこり)。いやあ、すごかったわあ。バカだ。
【インフルエンサー誘拐計画in渋谷】
この記事の公開日から数日をさかのぼるある日の午後、ぼくは東京、渋谷にいました。もちろん、美味しいものをたくさん食べ、遊びに遊んで楽しい一日を過ごすためです。
……嘘です。ほんとうにそうなら良かったのですが、仕事でした。それもちょっと後ろ暗い類のお仕事。じつはそのさらに数日前に「ヲトナ基地」の依頼を受けてこの場から数人のインフルエンサーを「誘拐」し、ある場所まで連れ去ることを請け負ったのでした。
インフルエンサーたちには目隠しをし、どこへ連れて行くのかも伝えない(なぜか事前に情報が漏れていたみたいだけれど)、かれらにはただ謎と不安に満ちたひとときを楽しんでもらうという、ちょっと色々すごい企画で、題して「ミステリーツアー」。
ターゲットは、なるみさん、マナリスさん、地雷チャンさんなど、のきなみXのフォロワー数数万人以上の方々。何と我々は世にもアクラツなことにこの人たちの影響力をイベントの宣伝に利用してやろうというジャアクな目的を持って、かれらを謎の場所に集めたのでした。悪い!悪すぎる!
もちろん、ぼくはピュアでシリアスな善人なので気は進みませんでしたが、人間、気が進むとか進まないとかいっていられないこともあるよね。嘘だけれど。ほんとうはとにかくヒマだし、何より面白そうな話だったので、わりと嬉々として「誘拐犯」の一味に加わったのです。
地雷チャンさんやマナリスさんのXには犯行時、かれらが目隠しをされて連れ去られる様子を撮った写真がアップされていますが、じつをいうとそれを撮影したのはぼくなのです。てへぺろ。
まあ、さすがに渋谷の街なかにとめられた黒塗りのハイエースを目にしたときは「ほんとに捕まらんのかなこの企画(怖)」とちらりと思ったけれど、幸い、おまわりさんに捕まることもとくべつ炎上することもなく、それなりの注目を集められたようですね。
じっさい、みんな楽しそうにさらわれてくれたからファンの皆さんは怒らないでください。渋谷のど真ん中で「誘拐ごっこ」をやるのはかなり勇気が必要でしたが、だれかに通報されたりすることもなく終始スムーズに進みました。やっぱり犯罪は度胸が肝心だね。違うか。
会うまえは「インフルエンサーってどんな人なんだろ」「やっぱりフォロワー数が十万人とかとなるともうヒトの形を保てなくなっているのかな」と考えていましたが、じっさい会ってみたらわりとふつうの方々でした。
皆さん、とても礼儀正しく、ちゃんと社会人している感じ。ぼくにこのレベルのフォロワーがいたら、もっと驕り高ぶっているだろうから偉いものです。「ちっ、フォロワーたったの5人か。ゴミめ」とかいいだしそう。
で、そのハイエースに乗って数十分、我々誘拐犯とインフルエンサーの皆さんはたまになごやかに雑談など交わしながら目的地へ。そう、お察しの通り、その場所こそが女塚温泉改正湯で開催される「脳汁銭湯」だったのです。いや、バレバレじゃん。
ご存知かもしれませんが「脳汁」とは「ヲトナ基地」のキーワードのひとつ、何かとくべつ面白いものやことで興奮したときに脳からあふれ出している(ように感じられる)不思議な液体を指します。つまり「脳汁銭湯」とはその謎の汁が出るくらい面白い銭湯ということなのです。
じつはこの日は11月26日、インフルエンサーの皆さんはだれも気にも留めてもいなかったようですが、「1126(いいふろ)の日」の日なのでした。初めからすべて伏線は敷かれていたのだよ、ドヤァ!
そういうわけなので、ハイエースは住宅街の細い小路をあざやかに抜けて改正湯までたどり着き、無事、インフルエンサーさんたちは解放されました。うんうん、良かったね。みんなも誘拐するときは事前に許可を得てからにしような!
【クレイジー2020年代――狂った時代がお風呂を生んだ!】
もちろん「脳汁銭湯」に着いたら何もかも終わりというわけではありません。もしそうだったら何のためにわざわざかれらを「誘拐」して来たのかわからないわけで、むしろ、ここからがスタートなのです。
ぼくはあくまでただの案内人だからぼうっとしていても問題ないけれど(あるかも)、インフルエンサーの皆さんには是非とも「脳汁銭湯」の神髄を体験し、脳汁がどばどば出る感じを味わってもらわなければなりません。
ちなみに、誘拐犯の一味になることは事前に了承していたものの、具体的にどのようなことが起こるのかは、まったく何も知りませんでした。何しろ仕事の依頼を受けたのはほんとうにわずか数日前だったくらいで、企画そのものには噛んでいないのです。
「脳汁銭湯」へ向かう途中、タクシーが入っていくのがほんとうにふつうの住宅街だったので驚きました。閑静な住宅街にある銭湯を魔改造して脳汁があふれるような場所を作ってしまってほんとに大丈夫なんだろうか…と疑問を抱かずにいられません。
答えは悪魔のみぞ知る感じですが、何しろ「ヲトナ基地」から依頼をもらって犯行に加担した身なので、もちろん大丈夫だということにしておきましょう。いやあ、ヲトナって時に無茶なことをするよね!
まあ、そういうわけでインフルエンサーのマナリスさんやなるみさんたちと仲良くいっしょに色あざやかな(あきらかにあざやかすぎる)のれんをくぐり、ネオンきらめく銭湯のなかへ。
いや、ていうか、もうこの時点でおかしいだろ、なんで下町の銭湯がやたらサイケな雰囲気をかもし出しているんだ、という気もしましたが口には出しません。大人なので。うん。ぼくの墓碑銘には「長いものに巻かれた男、ここに眠る」と書いておいてください。
で、そのまま奥へ進んでいくとそこには人間の脳みそを模した奇妙な帽子をかぶった人など、愉快な格好をしたスタッフの皆さんが。ぼくは『ベルセルク』のゴッドハンドにこんな人いたな、天使長ボイドだったかなと思ったけれどやっぱり口には出しませんでした。大人なので。
あとでこの帽子を「かわいいー(はぁと)」と褒めている女性を見かけましたが、うーん、そ、そうですか? まあ、意見は人それぞれ自由なので、ぼくの感想は述べないでおきましょう。大人だからね!
企画の初日であることもあってか銭湯は盛況で、特に男湯は人があふれ返っており、すぐには浴場に入れなかったので、まずはエントランスをしげしげと見学してまわることに。これが予想以上に細かいところまで仕掛けがほどこされていて正直、感心させられました。
個人的にツボにはまったのがある番台のわきに貼られた一枚のポスター。これはほんとに面白かった。初めはほんとうにただの張り紙だと思っていたので、中身を読んでみて初めてその工夫に気づいて大笑いさせられることに。いや、反則だろ!
あまりに面白かったので、具体的なことはあえてここには書きません。皆さん、ぜひ、ご自身でこの場所へ行って確かめてきてほしいところです。ぼくは今回、色々と仕込まれていたネタのなかでもこれがいちばん面白かったかもしれない。
なぜか露骨に怪しい大きなボタンがふたつも置かれてあるトイレもおかしかったけれど。いや、これ、ぜったいまちがえたほうを押すと爆発するやつだろ!
そもそもなぜトイレにこの怪しいボタンを設置しようと思ったのか。だれか止める奴はいなかったのか。とにかく端から端までツッコミどころ満載のイベントなのでした。
クレイジー!
【めくるめく狂乱のセカイ。だれがここまでやれといった!】
肝心のお風呂に入るまえにすでにだいぶ面白かったのですが、そうはいっても「じゃあ、満足したからこのまま帰るか」というわけにもいきません。
脳汁銭湯で入浴するためにこそわざわざ数百キロも離れた地方都市から上京して来たのです。ここで帰ってしまったら寿司屋へ来て茶わん蒸しだけ食べて帰るようなもの。しばらく待って、インフルエンサーさんたちといっしょにようやく空いたお風呂に入りました。
で、これがねーーその――なんというか――じつにすごかった。具体的なヴィジュアルとしては公式サイトに掲載されている通りなのだけれど、じっさいの印象は全体に湯気がけむっているぶん、さらにもっと強烈なものがあります。
何というかな、通常想像される理想的な銭湯のイメージが、どこか江戸情緒の残る穏やかな空間といったものだとするなら、脳汁銭湯はあきらかに「未来」を志向しています。それも何度やり直しても絶対に来ない「架空の未来」です。こんなサイバーパンクな風呂があるか!
至るところにあたりまえの銭湯の常識から考えると明るすぎるネオンが輝き、頭上には巨大な脳みそのバルーンが鎮座し、湯船に入ってみたら底のほうから謎めいた、けれどポップな音楽が聴こえてきたりする、何もかもちょっと正気とは思えないセカイ。
ぜんぜん落ち着かないし、まったくリラックスしていられません。ほんとにこれで良いのか、企画意図としてこの方向性で大丈夫なのか、ちょっと心配になってしまうくらい。でも「光と狂気のNEW浴体験」というキャッチコピーなので、大丈夫なのだろうなあ。ほんとかよ。
なにか異次元の方向へ全力疾走してしまったとしか思えませんが、いやまあ、それも一興なのでしょう。何をどう考えても採算を度外視している無謀な企画なので、都内に住んでおられる方はいっぺん参加してみると面白いと思います。ふつうの入浴料で入れます。
料金
大人:550円/中人:200円/小人:100円
※ロッカーの開閉に100円玉が必要
まあ、好みは分かれるかもしれませんが、とにかくふつうじゃないことは間違いありません。世の中にはこういうことに多額のお金をつぎ込むヲトナがいるのだな、とわかるだけで元が取れる気もする。
ちなみに、入浴前にひとりずつ「ミッション」をもらって「謎」に挑むというしかけもありました。ぼくは一応は主催者側なので何も受けなかったけれど、いっしょにいたインフルエンサーさんたちはちゃんとあたえられた課題を解き明かし、ミッションクリアーしていましたね。
素晴らしい。さすがフォロワー数万単位のインフルエンサー。もっとも、同時に入浴していた人たちも次々とクリアしていたので、難易度はそこまで高くないのかも(でも、ぼくひとりだったら解けなかったと思う)。
また、湯船そのものも色々な種類のものがあって楽しかった。ひとつ黒い色がついた湯があったのだけれど、いったい何が入ってあの色になっていたのだろう。自宅に帰ってきたいまでもわからない。ミステリー。
もちろん特に怪しいものではないのでしょうが、気になることは気になる。油をふくんだ風呂は聞いたことがあるけれど、そういうのでもなさそうなので、いまなお謎のままです。真実を聞いてくれば良かった。どなたか、もし行って聞かれたらこっそり教えてください。
そうして、しばらくのあいだ浴場という名のサイバー空間を堪能し、それから帰宅してこの原稿を書いているわけなのですが、いまでもちょっとあの場所は何だったのだろうと思ったりします。
というか、ふつうにご近所のお客さんとかが来てしまったらびっくりするのではないでしょうか。そもそも銭湯のある一帯だけめちゃくちゃ周囲から浮いていたけれど、良いのだろうか。
ぼくはこの深夜にひとり、暗い自室でがちゃがちゃとキーボードを叩きながら、ふと、考えたりします。あれはほんとうに現実だったのだろうか。ぼくは東京へ行って帰ってきたつもりで、最初から最後までこの一室で混乱した夢を見ていただけなのではないかと。
まあ、そのくらい非現実的な、ばかばかしいほど狂った空間でした。言葉では説明しきれないので、お風呂好きの方は一度訪れてみてください。
とにかくまるで落ち着きません。くつろいだ気分でゆったりすることはむずかしいでしょう。ただ「光と狂気」はたしかに感じ取れます。それも狂気が七割くらい。これで良いのか大手企業!うーん、本気のヲトナって、すごすぎる!
どうか次はもう少し手加減してください。お願いします。ぼくと「ヲトナ基地」の約束だ。
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