イギリスに6年住んだ人間が語る、イギリスのご飯がマズい理由、そして愛おしい理由
イギリスのご飯は、まずい。
これは当時者であるイギリス人もわかっていて、鉄板自虐ネタに使われるくらいだ。
ただ、日本人には「なぜまずいか」がわからない。
なぜなら、日本のご飯が美味しすぎるからである。
私がチェーン店で一番好きなのは焼き鳥の「てけてけ」なのだが、串1本109円(税込)からで、ちゃんと美味しい。イカれてる。
次に好きな日高屋の餃子は、2024年にもなって290円(税込)である。どうしたの?
普段からこんなに手軽に美味しいものを食べている人間が、イギリスの「マズい」を理解できるわけがない。
イギリスのご飯はマズいのではなく「味がない」
イギリスのご飯といえば、必ず登場するのがこの「ブリティッシュ・ブレックファースト」である。目玉焼き、ソーセージあるいはローストした肉、ローストトマトとマッシュルーム、そして豆。これだけ多品目の朝ご飯セットなのに、味がほとんどしない。せいぜい、目玉焼きの下に敷いてある豆のトマト味が感じられる程度だ。
これは、イギリス人が「塩をふらない」という文化に基づいている。料理で塩を使わないのだ。かつては、代わりにテーブルへ塩が置いてあった。つまり、「シェフが味を決めるなんてとんでもない。あなたが好きなだけ塩を振りなさい」というわけだ。多様性ある提案である。
ところが、これが全料理に適用されてしまうのだから、話は別だ。イギリス人が料理屋を開くと、メキシコ料理だろうが、イタリア料理だろうが、塩をふらないのである。そして、客のテーブルには塩が置かれていない。つまり、単にマズイご飯になってしまうわけだ。
では、「何も考えずに手持ちの塩でもふればいいじゃないか」と思うだろう。イギリスの料理には、ロシアンルーレットのように、「塩がキマりすぎた飯」が混ざっている。ひとくち食べて「もう無理です」となるくらいしょっぱいご飯か、塩分ゼロのご飯しかない。これが、イギリスの「マズさ」の正体である。
イギリス料理は、マズくてもインスタ映えする方へ舵をきった
やっかいなことに、最近のイギリス料理はフォトジェニックだ。かつてのイギリス飯は、「おらよっ!」 と、ドカ盛りした味なしの茹でニンジンやブロッコリーの山だった。イギリスもさすがにそれではグルメな移民が増えるポストEU時代を生き残れないと判断したのか、「すてきな」料理が増えたのだ。
ここでいう「すてきな」とは、外見がインスタ映えすることを指す。つまり、味は変わることなく、どんどんおしゃれに洗練されていったのである。
たとえば、上の写真は典型的な「今のブリティッシュ飯」である。なんだかおしゃれで健康そうなメニューだが、左はボソボソのパン。右はビーツという野菜に、これまたボソボソのパン粉らしきものを乗せた「だけ」である。つまり、味はない。かいわれ大根に見えるトッピングも、これまた味がない草である。ヘルシーかもしれないが、心がアンヘルシーになりそうな味である。
さらに、内装にもこだわるのがブリティッシュ流である。
たとえば、ロンドンにはこんなレストランがゴロゴロしている。
おしゃれ!
他にも、こんなこじゃれた照明をほどこした内装のカフェを、よく見かける。
ムーディな照明がいい感じ。
普通のカフェだって、こんなにかわいい。
……なのにマズいのだ。
内装がおしゃれですてきだからこそ、味とのギャップで深い失望を味わうのは私だけだろうか。
さらに、「クラブか???」と思うくらい、音楽をドゥンドゥン鳴らしているレストランも多い。うるさすぎて、料理に集中できない。家賃が高いロンドンですら席と席の間を広く取る店が多いのだから、隣の客の声だって絶対に聞こえないし、安心して静かなBGMにしてほしい。
これは、イギリスで大人気の飲茶レストラン「Yauatcha(ヤウアチャ)」のインスタグラムだ。
美味しそうに見せることよりも、おしゃれであることがロンドンのレストランでいかに重要か、垣間見れる写真群となっている。
ロンドンのこのお店は、香港の方が経営されているのでちゃんと美味しい。それでも、味より映えに写真を振り切らないと、店は潰れてしまうのである。日本にも支店「ヤウメイ」があるので、ぜひ行ってみてほしい。美味しいので。
イギリスのご飯は美味しくなったという俗説
私がイギリスに住んでいた計6年の間、「イギリスのご飯は美味しくなった」という話を多数聞いた。
嘘である。
まず、イギリスにももともと、美味しいレストランはある。中国、インド、そしてヨーロッパ移民が多数流入し「自分と同じ移民向けに作ったレストラン」はどれも美味しい。イギリス人向けに作った店は、どれもまずくなる。これは昔から同じである。
そして、美味しい店はどれも高い。日本円で15,000円/名くらいは払わないと、お話にならない。これは、ポンド円が150円くらいだったときの話なので、今なら18,900円くらいになる。恐ろしい。イギリスの物価が日本より高いとはいえ、さすがに普段の食費でこんなふうにはならない。
イギリスでは、「まあまあ美味しい」に必要な対価が高すぎるのだ。
イギリスの最低賃金は2,173円なので、美味しいご飯にかかる費用とのギャップが激しすぎる。高級食材を使っているとも思えない。おそらく、レストランの映えを重視するあまり、凝った内装の施工にお金は消えているのだろう。ああんもうやだ……。
建築学科の方は、ロンドンへ留学するだけで毎日内装を勉強できて楽しいのかもしれない。なにせ、1店舗にかかっているであろう内装費が、どう考えても数千万円規模だからである。
たとえば、こちらは「一風堂」のロンドン市内にある店舗の内装だ。あまりにもおしゃれ。確かに一風堂はロンドンで随一の美味しいラーメン屋だが、ヒットしたのはおそらくそれが理由ではない。映えるからである。それを熟知した内装と商品写真を展開できた一風堂には、優れたマーケターがいたに違いない。
強みを活かす方向で成功していくロンドンのレストラン
「強みを伸ばす」これは、経営やマーケティングにおける王道の戦略だ。そして、イギリスのご飯はマズい。背景には産業革命の時代に、労働人口を都心部に集約させた結果、美味しい地方料理の文化が消えてしまった歴史がある。つまり、これからイギリスのご飯を劇的に美味しくするのは難しい。
ならば、映える方がいいではないか。誰が「レストランのご飯は美味しくないといけない」と決めたのか? この問いを最初に立てたイギリス人が、きっと内装へ力を入れて成功したのだろう。住んでいる日本人からすればたまったものではない。だがしかし、確かにそれはイギリスのレストランにおける成功戦略だったのではないか。
もしかしたら、ご飯が美味しくないといけないと思い込んでいるのは、私たちだけかもしれない。だから、これだけマズイと罵りながらも、私はイギリス料理とレストランを、嫌いになれないのである。
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