TOP > NEW > 科学 > 「EM菌」に見るトンデモ観察の醍醐味
科学

「EM菌」に見るトンデモ観察の醍醐味

黒猫ドラネコ
EM菌アイキャッチ
偏愛・脳汁を語るサイト「ヲトナ基地」では、多数の「愛しすぎておかしくなるほどの記事」をご紹介してまいります。 ヲトナ基地で今回紹介する記事は「『EM菌』に見るトンデモ観察の醍醐味」。黒猫ドラネコさんが書かれたこの記事では、疑似科学への偏愛と、そんな「トンデモ」を観察する醍醐味について語ってもらいました。

「トンデモ・ウォッチャー」を自認して数年が経ちます。ただのライターですが、ネット上で変なものを見つけては調べ、自分なりに噛み砕いてから皆さんに伝える趣味を持っています。

特に、どう考えても変なのに「これは素晴らしいものだ」として宣伝されまくっているものが大好物。その発案者・開発者や、一部の「信者化」した方々が不自然なほどに盛り上げようと画策しているものです。それは疑似科学やニセ医学などによく見られる反応で、私はそうしたものを信奉する人間の弱さや脆さに、ものすごく興味をそそられるのです。

EM菌への賛否

「EM菌」をご存知でしょうか。正式名称はEffective(有用な)Microorganisms(微生物たち)の略で「有用微生物群」だそうです。

frolicsomepl/Pixabay

1980年代から琉球大学の比嘉照夫名誉教授らによって研究がなされ、関連製品の一般販売が始まってからは今年でちょうど30年を迎えるとのこと。多くは液状でボトルなどに詰められ、堆肥を作るためや、臭い消しや、水質改善などに使われてきたようです。商品には飲料などもあり、過剰な自然派やオーガニック信仰が厚い方々などの間で親しまれつつ、世界各国にも進出。愛好家から「地球の善玉菌」なんて呼ばれるほどに絶賛されていました。

EM推進の議員連盟なども立ち上がるなどの勢いはありましたが、効果や効能についてはたびたび賛否両論が巻き起こり、実験の結果が出されたり、否定されたりを繰り返してきました。時折メディアで取り上げられたりすると賛同者が効果を誇り、批判者は「うわっ! 出たEM菌!」と反応するせめぎ合いがあったのです。(こういうのが、私にとって「これだよ、これ」となる垂涎のネタです)

現在のSNS上でのEM菌への反応は「なんか胡散臭い」が主流でしょう。そのきっかけとなったのは、東日本大震災で起こった福島の原発事故後に、EM支持者らにより「除染に使える」「結界を作る」「バリアになる」などと過度な言説が広がったことでした。

もともと微生物由来なわけですから、水質を変化させたり、生ごみから肥料が作れるという理屈ならまだ分かります。しかしEM推進派が、「放射能を消滅させる」みたいなことまで主張し始めたもんだから、多くの科学者や有識者の目に触れることになってしまい、ヤバさが明るみになった形です。

ついに2013年には、提唱者である比嘉氏が「EM菌は神様」とコラムで発信。人智を超えた効能などを謳ってしまいました。それまで知らなかった人も、さすがに触れてはいけないと思ったことでしょう。この香ばしい匂いばかりは消せません。

chriswanders/Pixabay

訴えられた批判者

その危うさに気付き、EM菌が「疑似科学、あるいはニセ科学」であることに警鐘を鳴らし続けてきた人たちがいます。驚くべきことにEM研究機構などの推進派は、この批判者や記事を掲載したメディアに対して次々に圧力を掛けました。真っ当な指摘や、異論を述べた人たちを恫喝するように訴訟を起こしてきたのです。

呼吸発電さん(ペンネーム)は、2017年に刑事告訴されたことにより書類送検されましたが、直接の捜査は行われず、嫌疑不十分で不起訴となりました。一連のEM推進派の所業などについては、2022年出版の『カルト・オカルト 忍びよるトンデモの正体』(あけび書房)に、「EM菌は科学か宗教か―万能を主張する『EM菌』の宗教的な側面とその変か」として寄稿しています。

故郷の福島でEMが推進されていたことを目の当たりにして注意喚起を開始した呼吸発電さんは、「宗教的な側面を持つニセ科学のEM菌が、日本の科学技術として、世界中に広がり定着するかも知れません。これからもEM菌に警鐘を鳴らし続ける必要があると思います」と、寄稿を結んでいます。
今もなおSNS上やまとめサイトなどで、積極的に投稿を続けています。

そして忘れてはならないのは、元・法政大学教授の左巻健男氏の戦いです。前述『カルト・オカルト〜』の企画発案者。理科教育、科学コミュニケーションのスペシャリストとして多数の著書がある同氏は、教育現場や暮らしの中に入り込む「ニセ科学」などに言及し続けてきた第一人者でもあります。

左巻氏は2015年にEM推進機構の人物に名誉棄損で提訴され、地裁、高裁ともに勝訴(最高裁で棄却)。18年には、左巻氏のEM批判の発言があった市民向け講演の記事を載せた中日新聞も提訴されましたが、こちらも地裁で勝訴。EM側は科学的な裏付けがあるとして査読論文を盾にして控訴しましたが、高裁判決でも「現時点では科学的に実証されていない」などとし、中日が勝訴しました。さらに19年にも再び左巻氏自身がEM側から名誉毀損で提訴され、地裁で争われていましたが、昨年6月に棄却されました。

EMが批判者を訴え、ことごとく敗れたのです。司法が科学を判断するわけではありませんが、論文まで持ち出したにもかかわらず科学的根拠を認められなかったことが、現在のEMの低評価を決めるものとなり、規模縮小に繋がったといっても過言ではありません。毅然と立ち向かったお二人だけでなく、二人に連帯するように「ニセ科学」への厳しい声は増えていきました。

Hans Reniers/Unsplash

ネット上での評判はもはや覆るものではありませんが、その活動自体が消え去ったわけではなく、つい最近も関係する特定非営利活動法人が能登半島地震被災地の支援として、臭気対策などに使えるらしい「EM活性液」なるものを希望者に無料提供することを発表していました。こうした活動を受け入れることは「被災地で使われた」との疑似科学の実績にされかねません。

全くの別件ですが最近、田んぼに特定外来種のジャンボタニシを撒いての稲作を称賛したものが炎上していましたね。「自然に優しい」との勝手な思い込みが、実害をもたらす例だと思います。

また、EMの本拠地である沖縄などを中心に「プールの浄化」などの名目で理科の授業に取り入れていたり、「EM団子」を作って田んぼに撒かせたりしていることを時折、肯定的な報道などでも目にします。

自分で選択できる大人とは違い、子どもたちは与えられる機会を正しさに基づくものと思ってしまいます。授業や行事の中では疑うことも難しいでしょう。親や教員がきちんとした科学リテラシーを持っていてもらいたいものです。

Tho-Ge/Pixabay

トンデモ・ウォッチのすすめ

そうは言っても、大人でも何かを「良いものだ」と信じてしまう心理は複雑。そして、何かを宣伝されたときに多くの場合、善意を感じることでしょう。時には科学が全てではない事情もあって、無償なら受け入れてしまうこともあると思います。

誰もが科学的な知見を有するわけではないし、善悪もその場で断定できるものばかりでもありません。ただそれでも、無関心にならずにたくさんの目で「疑似科学、ニセ科学」を観察する必要があります。疑似科学やニセ医学などとの戦いやせめぎ合いがあることを知ること、それは自分や周囲を守ることに繋がるのです。

社会全体で推奨されているものと、ごく一部だけで称賛されているものの見極めはそんなに難しくありません。ちょっと穿った見方で、「妙に持ち上げている人たちがいるけど、なんだか変じゃないか」。そうやって調べてみるからこそ浮かび上がるものがあります。

そうして、「これってやっぱりおかしかったんだ」と理解できることこそが、トンデモ観察の醍醐味と言えるでしょう。変なものにハマって盛り上がる人たちを観察することは、決して良い趣味とは言えませんが、「ああはなりたくないな」と立ち止まって観察する癖がつくと思います。

何より、変なもの自体への誤りを指摘する各分野の専門家とSNS上で繋がることは大きな喜びになるはずです。SNS上には「名もなきエキスパート」もたくさんいます。私自身もそういった人たちの発信に勇気付けられてきました。過度な信頼は疑似科学などへの信奉と表裏一体でもあるのですが、賛否両輪のどちらが優位で信頼できる情報かを判断し続けることでネットリテラシーを高めることになるでしょう。

何の研究者でもなく専門知識があるわけでもない私は、それを繰り返して活動してきました。皆さんもぜひ一緒に「トンデモ・ウォッチ」をしてみませんか。

関連するキーワード

\ よかったらこの記事をシェアしよう! /

RECOMMEND

[ おすすめ記事 ]